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FETE DES MERES(母の日)

 ニューカレドニアの(フランス本国も)「母の日」は5月最終の日曜日です。日本の母の日はアメリカと同じ5月第2週の日曜日で、カーネーションを送る習慣があります。

 アメリカの母の日は、19世紀末に今日的な「母の日(Mother's Day)」が誕生したそうです。1872年、有名な「リパブリック賛歌」の作曲をした人で、奴隷制度廃止論者であり平和活動家でもあるジュリア・ワォード・ハウが、母の日というアイディアを思いついたのです。母の日は、戦争にあけくれる男たちに対する母親たちの反戦運動だったのです。この時はまだ全国的に母の日が広まっていたわけではないようですが、この考えを受け継いで母の日を今日の形にしたのが、同じくアメリカのアンナ・ジャーヴィスで、1907年にフィラデルフィアで母の日のイベントを行いました。


 彼女の母親の2回目の命日に行われたのですが、これが5月の第2日曜日で、このとき彼女は母が好きだった白いカーネーションをささげたことから、母の日にはカーネーションがつきもののようになります。


 彼女は行政にも積極的に働きかけて母の日のキャンペーンを行ったために、1911年にはアメリカのほとんどの州で母の日が祝われるようになります。1914年、アメリカでは5月第2日曜日が母の日として正式に定められました。

 フランスの母の日は、全く別のルートをたどって今日の母の日になったようです。
 母の日のアイデアの紀元はナポレオンにあったようで、戦争好きのナポレオンによって陥った深刻な人口の減少を助けるものとして、多産を奨励する事から始まり、19世紀末から20世紀初頭にかけて、生命を生み出す母を賞賛する行事に変わっていきます。

 初めは子だくさん家族を祝う「子どもの祭日(Fête des enfants)」として行われた行事が、20世紀初頭には子どもをたくさん生んだ母親を表彰するなど(13人出産で金賞)、今日のフランスの母の日の原型になってきました。1917年頃にはパリに住む多くの家庭が「大家族の祭り(Fête des familles nombreuses)」として祝うようになりました。第1次世界大戦の時も、フランス軍は多くの死者を出した事から、ずっと多産を奨励する祝い事として行われていましたが、フランスの場合行政的にはかなりの遅れをとります。

 戦争に赴いている息子からの手紙が母の日に多く届けられるのをきっかけに、1941年、ペタン将軍は「母の日(journée nationale des mères)」を公式に認めます。このとき初めて、子どもの数によらず、すべての母親が祝福されるようになりました。1950年2月24日、母の日は公式に祝日となります。


 そして、母の日は5月最後の日曜日と定められました。キリスト教の祭日とぶつかってしまったときの例外(聖霊降臨の祝日と重なる場合は6月第1日曜日)も、このときに決められています。

 と言う事で、ニューカレドニアの母の日はカーネーションを送る習慣がありません。私も一応エンゾの母なんだけど、エンゾの父からはなんのプレゼントもなかったなぁ。。。。

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ぽん太ママ

家族は私と主人と愛犬ぽん太&はな。
1992年からニューカレドニアに住んでいます。『CHEZ ENZO』という愛犬のHPを持っています。

アンスバタのラ・プロムナードで『AQUA』というお土産のセレクトショップをやっています。

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Author:ぽん太ママ
家族は私と主人と愛犬ぽん太&はな。
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